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富士山が世界遺産に!日本の宝から世界の宝に!世界遺産に登録されるまでの歩み

ついに富士山が日本の宝から世界の宝になりましたね!

富士山 世界遺産


世界遺産に登録されたのは、富士五湖や白糸ノ滝を含む約七万ヘクタールが対象。

古くから信仰の山とされ、江戸時代に盛んに浮世絵に描かれるなど、日本独特の芸術文化を育んだ。

昨夏に現地調査したユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)は四月、富士山を「日本の象徴で、その影響は日本をはるかに超えている」と評価して登録を勧告した。

一方、三保松原は富士山から四十五キロ離れている点や、消波ブロックなどで景観が損なわれている点を問題視。

除外を登録の条件とするよう勧告していたが、各委員国から「三保松原も含めるべきだ」との意見が相次ぎ、勧告を覆した。

三保の松原
三保の松原


<富士山が世界遺産に登録されるまでの歩み>

1992年12月に山梨・静岡両県の自然保護グループが「富士山を世界遺産とする連絡協議会」発足し、翌年の5月に同協議会が、旧環境庁に富士山を世界自然遺産候補とするよう要望したことがはじまりのようです。


2003年3月には、国の検討会が世界自然遺産として富士山を含める17地域(4月には2候補が追加)を候補地としてあげたが、同年5月の国の検討会が定めた最終候補地からは富士山は外されることになる。


翌年の2004年6月、当時の山梨県知事が、「世界自然遺産」から変更し「世界文化遺産」への登録を目指す方針を表明する。


2007年6-7月の第31回世界遺産委員会がニュージーランドで開催され、富士山の暫定リスト入りが報告されたのを受け、同年11月には山梨県や富士山麓の市町村でつくる「富士山世界文化遺産登録県推進協議会」が2011年度中の登録実現を目指すことを確認した。
しかし、2009年1月には、構成資産候補の見直しなどの理由で、当初予定して2011年度の登録実現を断念した。


2011年9月、政府が世界遺産条約関係省庁連絡会議を開き、「富士山」の世界遺産登録の推進を決定。ユネスコ本部に推薦書の暫定版を提出し、11月にはユネスコから政府に推薦書の暫定版を受理したことが通知された。


そして翌年の2012年1月に、政府が「富士山」と「武家の古都・鎌倉」の世界文化遺産登録を求め、ユネスコに正式な推薦書を提出した。


2012年7月、富士山の世界文化遺産登録の可否を決めるユネスコ世界遺産委員会が、2013年6月にカンボジアの首都プノンペンで開催されることが決まった。


2012年8月29日~9月5日の間、イコモスが現地調査を行い、世界遺産の要素となる構成資産25件を審査した。※「イコモス」とは、世界文化遺産にふさわしいか審査する国際記念物遺跡会議のこと。


2013年2月文化庁が、イコモスから、三保松原を構成資産から除外すること、「富士山」の名称を変更すること、これらを提案されたことを明らかにする。


2013年3月、文化庁はイコモスの提案を受けて、「富士山」から「富士山と進行・芸術の関連遺産群」に名称変更するが、「三保松原」の除外については応じないことをユネスコに伝えた。


2013年4月、イコモスが富士山の登録を勧告したが、「三保松原」は除外を求めた。


そして、2013年6月22日の「三保松原」を含めた「富士山」の世界文化遺産の正式登録が決定したわけです。




ゴミ問題などで、世界自然遺産での登録を断念して、世界文化遺産での登録を目指したりと、富士山が世界遺産になるまでの道は、決して平坦ではなかった。

当初、三保の松原を除外することが世界遺産登録の条件だったが、三保の松原を含めての世界遺産登録は快挙といえるでしょう。

しかし、世界遺産登録決定がスタートであることは言うまでもない。

日本の宝から世界の宝になったのだから、この世界の宝「富士山」を後世に遺していかなくてはならない。

世界文化遺産登録に向けて、ここまで汗と涙を流して頑張ってこられた先人達に感謝し、

次は世界文化遺産になったあとの富士山の正しい道標を作っていかなくてはならない。

ついに富士山が世界遺産に!


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